福島県伊達市の伊達東仮設住宅集会所にミシン3台を寄贈に行きました

福島県伊達市の伊達東仮設住宅集会所にミシン3台を寄贈に行きました
~谷根千・駒込・光源寺隊から飯舘の方に~
(レポート/菊池京子・写真/小松崎栄一)

2013年12月15日、谷根千・駒込・光源寺隊として、飯舘村からの避難者が暮らしておられる福島県伊達市の伊達東仮設住宅の集会所に、ミシン3台を届けてきました。

その模様と、福島市内で出会った除染活動の様子、市街地を走った様子などを3回に分けてレポートしました。写真は小松崎栄一さんの撮影によるものです。

※以下はそれぞれPDFファイルへのリンクになっています。

  1. 福島県伊達市の伊達東仮設住宅集会所にミシン3台を寄贈に行きました ~谷根千・駒込・光源寺隊から飯舘の方に~
  2. 阿武隈河畔でボランティアの除染作業に遭遇/除染廃土置きから福島市街地へ
  3. 「飯舘の店はもっと良かったのよ」福島市内で再開した珈琲店の奥さんは言った

【報告】谷根千・駒込・光源寺隊の2013年度上半期の活動と会計

谷根千・駒込・光源寺隊の皆さま
ならびに隊を応援・支援してくださっている皆さまへ

いつもたくさんの皆さまにご支援、応援をいただきありがとうございます。

2011年春に、緩いつながりでスタートした谷根千・駒込・光源寺隊も2年半を超えて続いてきました。震災直後とは、被災地への応援・支援内容も大きく変化してきました。被災地や被災者の方々復興の様子は千差万別に変化して個別化し、目に見えるような活動が減ってきていますが、応援の仕方や意識のあり方も多様化し、あるいは自問させられることも増えてきました。

とはいえ、震災、津波で被災された方々にも、原発被害に遭われている方々にも、まだまだ応援が行き届いているとは思えない現実があります。

谷根千・駒込・光源寺隊では、おにぎり握り、いわき市四倉への炊き出しに始まり、久之浜への支援、東京への避難者への応援・支援などを、向丘の光源寺さんを拠点として継続的に行って来ました。多くの方から寄せられた支援金や応援・お手伝いがあってこその活動でしたし、そうしたお力によって、沢山の方々と連携やネットワークをつくることができています。

震災3年目を迎えてからは、さらに変化があり、運営サイドではこの4月、支援金をお預りする郵便貯金口座を繰越金で作って、お金の管理をするようにしました。

今年度上半期(10月末まで含みましたが)のお金の出入りを見ると、活動と収支はかつてより簡潔にリンクするようになってきていること、活動内容の変化もよく分かっていただけるかと思います。

以下に簡単ではありますが、活動ならびに会計の中間報告をさせていただきます。
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富岡町、久之浜の様子をご覧ください

皆々様

知人の小松崎栄一さんが、先週東京電力福島第一原発の南やく9キロほどのところまで、 国道6号を北上、立入許可証なしで行けるところまで自分の目で見て来た動画を編集しYoutubeにアップしましたので、ご覧いただければと思い、ご案内いたします。

このところ汚染水問題が取り上げられていますが、人が住まなく、住めなくなった富岡町の様子です。マスコミ報道ではもうほとんど流れません。

また、菊池も、谷根千・駒込・光源寺隊として幾度も通ったいわき市最北の久之浜町の様子も、 帰路、立ち寄って撮影してくれています。ご感想などあったらおきかせいただけるとありがたいです。

酷暑がいつまでも残っていますが、皆様くれぐれもお体たいせつに。

菊池京子拝

富岡町

久之浜

【報告】支援でお届けした着物の行方・様子がわかりました

飯舘村から避難しておられる方々の「カーネーションの会」に着物をつなげ、活用していただきました。

 去る4月26日、いわき桜会の斎藤さんから託されていたたくさんの着物を整理して、福島市松川工業団地の仮設団地を拠点とする「カーネーションの会」(飯舘村から避難されている方々が中心となっている裁縫の会)に衣装ケース2箱分をお送りしたことは、以前にご報告したとおりです。
その頃、会の取りまとめをしておられる佐野ハツエさんが体調不良とのことでしたので、送った後は確認のハガキを差し上げる程度で催促がましい連絡は控えていました。
しかし、到着の連絡がないままひと月以上も経ったので、確認の電話をしてみると、うまく佐野さんが捉まり様子をうかがえました。
連休を挟んだ時期、不調と多忙で佐野さんはほとんど活動を休んでおられたそうで、荷の受け取りや仕分けは他の方がやってくださっていたとのことでした。着物の活用の様子もがうかがうことができました。
届いてすぐに荷は開けられて、可能なものは二部式の着物や作務衣風の二部式の「までい着」に、他は小物の材料にと分類。「までい着」を縫える方は4名、小物を縫う方は約20名で、それぞれの用途と担当に分けて手渡され、すでに製品になったものも多数と、うれしい驚きの話です。
「いいものばかり入っていたと皆喜んでいました」と佐野さん。すでに十分に活用されたと聞き、飯舘の方のお役に立ったと同時に、託された責任を果たせて、こちらも安堵しました。
「カーネーションの会」は、いくつかのデパートで年に何度も販売会を行っている他、羽田空港のお土産売店のコーナーで常設販売、アメリカでの和小物の要請に応じるなど、最近では復興の手仕事・趣味という枠を超えて、仕事と収入となる引き合いだそうです。
それだけに製品の作成には厳しいものがあると推察されます。
 谷根千・駒込・光源寺隊として着物をつなぎたいという申し出をした4月当初から、7月9日、10日と文京区の光源寺で開かれる「千成ほうずき市」の福島・東北支援ブースに出品はいかがかと打診してきたので、そのことも確認すると、カーネーションの会には販売先から100個、1000個の単位で納品要請があり、その製作に追われている由。「せっかく材料をいただきながら本当に申し訳ありませんが、今回は残念ながら出品には応じられない状態です」と、大変恐縮したお答えをいただきました。
 しかし、「良い材料をいい状態で寄せていただき、皆とても感謝しています。皆様にくれぐれもよろしくお礼を申し上げてください」と、佐野さんから伝言を預かりましたので、皆様にお届けします。
作品を近々目や手にすることはできませんが(興味のある方は羽田空港の売店やデパートの即売会でどうぞ)、ささやかでも飯舘の方々が新たな生業を確立していく一助となれたことは、谷根千・駒込・光源寺隊、ふくしま・いわき・応援団、いわき桜会にとって、とてもうれしいことだと思います。
 今後また機会があれば、カーネーションの会のみならず、飯舘村の避難者の方々ともつながりを作っていければよいなと思っています。
ご協力いただいた皆様に、今回の「着物プロジェクト」の結果を、以上、ご報告させていただきます。

(2013年6月6日/谷根千・駒込・光源寺隊/菊池きょうこ)

【募集】おちゃっぺ米の水耕栽培、してみませんか / 申し込み締め切り2013年5月21日(火)17時

昨年から谷根千・駒込・光源寺隊、ふくしま・いわき・応援団が販売のお手伝いをしている、双葉から埼玉に避難しておられる方々がつくっている「おちゃっぺ米」(品種:彩のかがやき)ですが、お米を作っておられる北原保洋さんから「バケツでお米の水耕栽培をしてみませんか」というお誘いがありました。

バケツに培養土を入れて種まきをした状態か芽の出た状態で、5月25日、光源寺に届けてくださいます。あとは水やり、後日の施肥、草取りなどの管理が必要ですが、当日、後日にわたり、北原さんに指導をいただくことも可能です。

以下の条件付きですが、稲の栽培をしてみたい…子どもと稲の成長観察をしたい…など、責任をもってお米を育てられる方を若干名募ります。費用は無料です。

◎ お米の水耕栽培に適した環境があること(蛇口の近くに置けるなど、水やり水流しが自由にできる環境が必要です。蚊の発生を防ぐためにも、しばしば水を流すことが必要になります)。
◎ 5月25日10時~12時の間に、確実に光源寺に取りに来られる。土が入っているので多少重いです。
◎ ご希望の方は、5月21日17時までに gm9k-kkc@asahi-net.or.jp か 電話 080 6504 7442(菊池)までご連絡ください。

(谷根千・駒込・光源寺隊 菊池京子)

「フタバから遠く離れて」の上映会場で「おちゃっぺ米」2度目の販売をしました。 (ふくしま・いわき・応援団/菊池京子)

昨年の11月24日(土)に引き続き、ドキュメンタリー映画「フタバから遠く離れて」の上映会場で、双葉町からさいたま市に避難されている北原保洋さん、木幡敏郎さん、山田和夫さんやそのご家族が作られたお米「おちゃっぺ米」(品種:彩のかがやき)を販売しました。

4月6日(土)、台東区の「谷中の家」で行われた〈月一原発映画祭〉では、「フタバから遠く離れて」が午後2回上映され、各回30人を上回る観客で満員となりました。遠路からの来場者も多数で、上映の合間には、舩橋淳監督のトークと監督を囲んでの交流会が開かれ、双葉町や福島県の現状、原発、放射能、避難生活などにまつわる意見交換が活発になされました。

ふくしま・いわき・応援団では今回もこの上映会場で、3合300円に小分けした「おちゃっぺ米」を販売しました。

先立つ4月4日(木)には、向丘の光源寺まで北原さんが運んでくださった30㎏のお米を、谷根千・駒込・光源寺隊やいわき桜会に募ったボランティア7名で、小分けや会場搬入の作業をしました。福島県出身の方の中学生のお嬢さんも参加してくれました。当日、46袋用意したお米は観客の方々だけでなく上映会スタッフにもお買い上げいただき、ほぼ3分の2が、翌日も残り3分の1が関係者にと、完売しました。

来場者は上映前後に「おちゃっぺ米」が栽培され刈り入れされる様子を綴った写真パネルを興味を持って見たり、注文用紙を持ち帰ったりしていまた。

また、このコーナーに並べて置いた「福島人権宣言」(2012年12月20日策定)にも、賛同の署名を多数いただきました。この場を借りて、お買い上げいただいた方、署名をして下さった方、準備作業に参加してくださった方々に、お礼を申します。ありがとうございました。

ふくしま・いわき・応援団は今後も「おちゃっぺ米」を通じて、双葉町から避難されている方々への応援を続け、活動の様子は随時〈谷根千ねっと〉の中の〈谷根千震災字報〉に載せていく予定です。

映画の上映は今後も各地で予定されており、上映会やイベントなどで「おちゃっぺ米」を販売したいという方には、販売時の説明用展示パネルなど(ふくしま・いわき・応援団が作成)をお貸しできます。ご相談、ご連絡は以下までお願いします。
問い合わせ先〈菊池:gm9k-kkc@asahi-net.or.jp 080 6504 7442〉

◎「フタバから遠く離れて」http://nuclearnation.jp/jp/
◎〈月一原発映画祭 http://www.jtgt.info/?q=taxonomy/term/1
◎ 「福島人権宣言」 http://home.v05.itscom.net/ans-law/nomuralaw/ren_quan_xuan_yan.html

【募集】2013/4/4(木)14時~16時「おちゃっぺ米」小分け作業のお手伝い & 2013/4/6(土)販売のお手伝い

「おちゃっぺ米」をまた売ります。小分け作業のお手伝いをしてくださる方販売当日のお手伝いをしてくださる方を募ります。

昨年11月に、谷中~千駄木~白山をリレーして上映された映画「フタバから遠く離れて」が、谷中の「月1原発映画祭」(4/6 土)で再び上映されます。谷根千・駒込・光源寺隊、ふくしま・いわき・応援団は、前回上映会場で販売した「おちゃっぺ米」を今回も販売します。

その準備として、4月4日(木)の午後4時から6時ごろにかけて、お米の小分け袋詰め作業を行います。また、上映会当日の販売をお手伝いいただける方も募っています。どちらも、ご都合の良い短い時間でも構いません、お手伝いいただける方、ご協力をお願いいたします。「おちゃっぺ米」の販売が、震災や原発事故での避難者の応援につながり、谷根千・駒込・光源寺隊やふくしま・いわき・応援団の活動を知っていただく機会になれば幸いです。

なお、4日は、さいたま市から「おちゃっぺ米」の生産者・北原保洋さん(福島県双葉町から旧騎西高校に避難後、現在さいたま市在住)がお米を運んで来てくださいます。わずかでもお話をうかがえればと願っています。

《袋詰め作業》
◎ 日時:4月4日(木) 午後4時~6時ごろまで(作業完了次第終了)
◎ 場所:光源寺蓮華堂(文京区向丘2-38―22)

《月1原発映画祭》
◎ 日時:4月6日(土) 10:30ごろ~18:00 (都合の良いお時間をご相談ください)
◎ 場所:谷中の家 (台東区谷中3-17-11)
◎ 詳細はこちらへ。 http://www.jtgt.info/?q=taxonomy/term/1

※ 前回の販売の詳細は「谷根千ねっと~谷根千震災字報」でご覧いただけます。( http://www.yanesen.net/
◎ 問合せ・連絡先 菊池 080 6504 7442

2013年3月11日に向けて 谷根千・駒込・光源寺隊 はがきプロジェクト

被災地の方々と避難している方々に、「お元気ですか?案じています、忘れてませんよ」のメッセージを送ろう

◎日時: 3月5日(火) 16:00~20:00
◎場所:光源寺蓮華堂(文京区向丘2-38-22 最寄り駅:地下鉄南北線本駒込、都営三田線白山、地下鉄千代田線千駄木  電話03-3821-1188)
◎用意するもの:官製はがきは谷根千・駒込・光源寺隊が用意します。筆記用具も最低限は用意しますが、彩色用具やシール、カードなど、各自工夫があれば大歓迎!ご持参ください。カードや私製ハガキの切手代は谷根千・駒込・光源寺隊が負担します。あて先の名簿は当日用意しますので、分担して、みんなで和やかにメッセージはがきを書きましょう。差し入れも歓迎です!
◎質問等は、谷根千・駒込・光源寺隊 菊池までお電話を。08065047442

谷根千・駒込・光源寺隊の支援活動のはじめはおにぎり握り。それから間もなく始めたのは、いわき市四倉高校避難所への炊き出しや物資の支援でした。その避難所が閉鎖された2011年6月。この時、避難所を出る方が各所に散らばっても連絡を取り続けられるように、応援を続けられるようにと《つながるハガキ》を手渡したのが《はがき作戦》の最初でした。 続きを読む