5月15日 登米行き物資の提供・救援金カンパをありがとうございました。

◎5月15日5時に出発した宮城県登米行きの車は16日20時に戻りました。
宮城県登米(とめ)市では登米町(とよままち)を中心に津山、中田の各地区と、志津川高校・中学校に南三陸町の方が避難しています。今回は各避難所に分散している志津川高校の方からの要請を中心に持っていきました。

◎前日までにたくさんの品物とカンパをいただきました。ありがとうございました。持っていったものは下記です。
・カラーボックス22個
・辞書類約80冊
・文房具(ボールペン、シャープペン、マーカーなど)ダンボール5箱
・USBメモリ32個(こちらはほとんどカンパから購入)
・お菓子ほか

手作りのお菓子(タルト)は登米公民館の避難所へ。
チョコレート(キットカット)とメッセージつきの文房具セット、スクールバッグ2個、ほか要請には入っていないさまざまな文房具一式は志津川高校3年の斉藤みおさん(授業中に会えませんでしたが)に託しました。
みおさんは、震災直後から携帯電話の充電器を集めて管理提供を始めたという方です。支援者から「みおちゃんに託せば、必要な高校生に届く」と信頼されていました。

◎救援カンパのお礼
・5/12~15に86,000円の救援カンパ金をいただきました。本当にありがとうございました。

◎今回の登米とのつながりは昨年行われた屋外展覧会「登米トリエンナーレ」という美術展のスタッフと北区在住の西川直子さんによるものです。美術展を企画した中心メンバーはこの春から、地域活性化事業による起業支援「コンテナおおあみ」を運営し始め、その最初の活動が南三陸町の支援になったそうです。
登米トリエンナーレについてはこちらをご覧ください。http://www.tome-arttri.com/
登米市も震災による倒壊被害はあったものの、いち早くライフラインを復旧して、市を挙げて南三陸町の支援、避難所の受け入れをしていました。
南三陸町の状況は市のHPから見られます。http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/

◎登米市内にある避難所では、調理室、食堂、風呂(5月16日に仮設風呂が香川県から)があり、提供される食材を見て常駐の調理師さんが献立を決めています。
避難所ごとに風呂(またはバスタブ)がない間は、老人福祉施設での入浴だったそうですが、時間や人数、距離が遠いなどの制約が多く、学生や働きに出ている人たちは1週間~10日に1度くらいの入浴です。

◎南三陸町の避難所(志津川中学)では、いまだ水・ガスとも復旧せず、朝晩は自衛隊によるご飯とみそ汁、昼はカップラーメンが主食になっています。連休まであった炊き出しも現在は途絶えています。校庭には仮設住宅が建てられています。建設中も多くあり。

◎5月15日で避難所を閉鎖し、物資のハブセンターとなった志津川の総合体育館ベイサイドアリーナで職員の若い女性(佐々木宏恵さん)に会いました。家も車も流されてしまった佐々木さんはずっと避難所で働いていますが、今週末にはじめて休みを取って、車をもらいに東京足立区まで来るそうです。個人から個人へでもバイク、車が寄贈できたらどんなに助かるだろうと思いました。

◎ほとんどの体育館・武道館という施設(また校庭)は、避難所その他に利用し、こうした地区ではスポーツをする環境をすべてなくしています。これから始まる各競技の地区大会もすでに中止が決まっていました。

◎多くの避難所で、避難所宛の物資は要請されたもの以外は断られます。必要なものを早く手元に届けるには避難所の中にいる方、継続して支援している方への個人宛が有効だそうです。

◎南三陸の海沿いを走りながら、「こんなに瓦礫が片付いた」「ウニが育ち過ぎている、早く海に出たい」という話を聞くと、初めてみる被災地の風景に呆然としている顔をを伏せたくなりました。

◎今後も「コンテナおおあみ」メンバーの及川幾雄さん、松原忠史さん、伊藤多恵子さん、藤欠遥さん、そしてみおさんからの連絡を受けて、できる支援をしていきます。コンテナおおあみがブログを解説しました。http://blog.livedoor.jp/kontenaoami/archives/3171925.html

◎まとめられない谷根千地区の被害・支援の様子をこちら https://311.yanesen.org/ にまとめます。ご覧ください。投稿も歓迎します。

コメントを残す