夏から秋、初冬にかけて、「谷根千・駒込・光源寺隊」並びに「文京・福島県健康調査記入支援グループ」として行った記入支援の全模様

報告【県民健康管理調査 基本調査問診票の記入支援】 ~夏から秋、初冬にかけて、「谷根千・駒込・光源寺隊」並びに「文京・福島県健康調査記入支援グループ」として行った記入支援の全模様~
(報告=谷根千・駒込・光源寺隊 菊池京子)

9月28日に谷根千震災字報において福島県の「県民健康管理調査基本調査問診票」の記入支援マニュアルの公開(公開窓口=文京区社会福祉協議会)をお知らせしましたが、このマニュアルとそれを使った記入支援に関して、夏にさかのぼって11月末までの活動の模様を、以下のとおりご報告します。
最新の情報は11月30日ですが、11月23日東京新聞朝刊の「問診票記入 お手伝い」という記事をご覧いただければ活動の要点がお分かりいただけます(パソコンでの検索=東京新聞 11月23日 県民健康管理調査)。
なお、問診票本体は福島県のHPで、文京での支援活動として公開しているマニュアルは、9月末から文京区社会福祉協議会のHPで、ご覧いただけます。

【記入支援マニュアル作成までの道のり】

福島県では、全県民(滞在して業務に従事したり、滞在してボランティアに当たるなど一定条件に該当する方も含む)を対象とした「県民健康管理調査 基礎調査」という調査が、福島県と福島県立医大の事業として、夏ごろから行われています。
内容は、対象者一人ひとりの、3月11日から3月25日までの行動を詳細に、さらに7月までの行動・居住・滞在地を、送られてきた問診票に記入して返送するというものです。
特に、3月11日から3月25日までの調査項目は、24時間を1時間ごとに割った表に、屋内、屋外、移動を仕分けしながら記入していく煩雑なもので、記入には大変な困難をきたします。

「谷根千・駒込・光源寺隊」(以下=光源隊と表記)では、いわきへの支援活動の中で知ることになったこの困難な課題に対して、どう支援・対処すべきか大いに悩んでいたところ、文京区社会福祉協議会(以下=文社協と表記)が東洋大学社会学部の小林良二教授にお取り次ぎくださいました。
そこで8月初旬から、どんな形なら書きやすくなるような「記入支援」ができるか、①光源寺隊、②文社協、③小林研究室とその学生さんたち、の3者で知恵を寄せ、方法を模索しました。

文社協と小林研究室にはさまざまなお力を拝借し、秋にはマニュアルの作成と完成にこぎつけ、9月最終週には、文京社協を窓口にこのマニュアルを公開しました。
公開の際のマニュアル開発者名は「文京・福島県健康調査記入支援グループ」(以下、文京記入支援グループと略)としました。

公開に向けては、福島県に公開する旨連絡と確認を取り、各方面に情報提供を行い、以後、「文京記入支援グループ」として、情報提供や記入支援会開催を続けてきました。
その模様はいくつかの新聞にも取り上げていただき、現在も各方面にマニュアルの利用や記入支援会の開催ニーズがないかを働きかけたりしています(後半の記述をご参照ください)。
これらの活動は、多くの方々から絶えることなくお寄せいただいている、ご支援や義捐金により可能になっているもので、光源寺隊として、皆様に、心より感謝いたします。

【マニュアルをつくった背景】

この県民健康管理調査が先行地域(福島第一原発周辺の市町村)から試験的に始まったように報道されたのは6月末ごろだと記憶していますが、当初から調査そのものに対する批判があることも事実です。
調査では、問診票を提出した方にはその結果にもとづいて県が被曝量を推計することとされています。そしてその結果が、提出した方には通知されることになっています。
さらに、この推定被曝線量が一定基準以上とされた被爆者には、追加の詳細な健康調査が行われるとなっています。

ただし、11月26日現在、この「一定基準以上」という被曝線量の基準は検討中で、決定の目処は立っていないのが現状です(福島県立医大神谷研二副学長より、11月26日、光源寺隊の菊池京子が直接うかがいました)。
また、集められた問診票のデータは、千葉県の放射線医学総合研究所に送られ、データ処理が行われることになっているようですが、推計の基になる放射線物質拡散状況・分布地図が、いつ、誰が(どこの研究機関誰が)、どのような調査方法によって作ったものを使うのかも、県からは示されていません。
参考までに、11月30日、日本機械学会のイブニングセミナー「放射性物質モニタリングからみた福島原発」という講演会にうかがい、講師の伊瀬洋昭氏(東京都立産業技術研究センター フェロー)はじめ会場の参加者の方にもそれをご存じないか質問したところ、どなたもご存知ありませんでした。
この情報については、引き続き、注視していきたいと思っています。

これらの状況も含めて、当初より福島県民などからは「単なるデータ収集が目的ではないか」「データが将来的にどう扱われるのか不明・不安」「提出結果が1人ひとりの健康管理にどう役立てられるのか疑問」「県による分析に信頼が置けるかが疑問」「どうせ、あなたは大丈夫といわれるに決まっている」「過小評価されるという疑念がある」「将来的に継続される健康管理事業ではない」「希望者全員に継続的に健康管理をすべき」などの声が上がっています。
福島県立医大の副学長である山下俊一氏(県の放射線アドバイザー)に対しては、その言動などにより福島県民はじめ、主に子どもを持つ親たちの不信感が強く、山下氏のアドバイザー解任要求が出されている事実があるなど、この調査には、誰もが必ずしも諸手を上げて賛同している調査ではないことも、文京記入支援グループにおいては承知しています。
何より、県民健康管理調査は、個人の行動を詳細に明らかにし、さらにはそれが被爆量推定という極めて個人的で身体・健康に関するプライバシー情報につながるという調査です。
提出は任意とはいうものの、内容は人権を侵害することにつながりかねない極めて重大な要素を有しています。

同時に、現状においては、一般の福島県民や調査対象になる方々には、こうした調査に応える以外にはほとんど、極めて個人的なアプローチで専門機関に依頼できる場合を除いて、自分の被曝量を知る方法や場、機会がありません。
しかし、将来的に備えて、県民健康管理調査の指定する期間の自分の行動をきちんと記録しておくことは、問診票を提出するしないに関わらず、大切なことでもあります。

そうした、調査に対する問題性と必要性という矛盾した状況の中で、文京記入支援グループは、この調査の問診票を提出しないことによる不利益と、提出することによる不利益については、当事者の判断を願うことを前提に、都内に多数おられる避難者のうち、「提出したいが記入に困難を感じる」という方に対して、何とか負担を軽くする支援を行いたいと模索を始めました。これが記入支援活動の始まりです。

【マニュアルづくりに至る道のり】

さて、現実に事業は進み、「気になっているけれども届いた問診票を放置している」という方も多く、問診票を受け取った方々はやはり、「自分や家族の被曝量はどうなのか」「他には推定する方法が分からない」「提出したいが煩雑でわかりにくい」「思い出せる自信がない」など、切実な思いを持っておられました。
谷根千・駒込・光源寺隊では、4月からいわき市への支援を行なって来たので、東京への避難者、福島県民、ボランティアなど、調査対象期間中に県内に滞在した方と接する機会があったため、そのような声を拾うことができました。
問診票の発送は、原発事故からほぼ半年後から、最終発送地域のいわき市に至っては7カ月半後と遅く、不安はもっともなことです。

また、県内の自宅にて一見普通に生活しているように見える方の中にも、震災や原発事故によって、生活に大きな変化を来たしている方もおられます。
逆に自宅生活にさほどの変化がなかった方については、「普通の日常」だからこそ、思い出すのが難しいこともあります。
県外から福島に滞在していた方については、調査対象者でありながら、問診票は申請しなければ送付されませんし、そうした情報に疎い方もおられます。
しかもこの申請期限はこの11月と、周知と締め切り期限に関しても、配慮が薄いことも実情です。

原発事故や津波の被害、地震の被害と、深刻な被災者ほど、大きな困難を抱えた状況に置かれて、3月の発災以来今日まで、大量の煩雑な手続きとそれに伴う書類の記入と提出に追われる日々が続いています(罹災証明や各種保険関連、税務関連、代表的なものは、東京電力への損害賠償請求書類など)。
そのご苦労と毎回味わう苦渋は察するに余りあるほどです。

文京記入支援グループのマニュアルは、福島から東京に避難している方々にご協力をいただき、すべての調査対象者のお役にたつことを先の目的に据え、光源寺隊、文社協、小林研究室、力を併せて記入支援マニュアルの作成に当たりました。
県民健康管理調査の記入というだけでなく、避難や被災生活での不安や心細さも含め、面倒さ、拒否感など、心と記入作業の負担を、少しでも軽くしたいとの一念が結実し、マニュアルの公開にこぎつけたのは9月でした。

【「文京記入支援グループ」の記入方式は、個々人の大切な記録になります】

文京記入支援グループのマニュアルでは、独自の「思い出しのためのメモ」に、まず記憶していることから記入していただくことで、記憶を点から線に、さらに時の流れに沿って面としても思い出せるよう、記憶を辿るようになっています。
覚えている行動をまず書きだし、できれば矢印でつないで記録して行き、肉付けします。いっしょに行動した人、連絡を取り合って行動した人などと話しあうと、より厚く肉付けできます。こうして「思い出しのためのメモ」を完成させると、問診票への転記はしやすくなります。
お話ししながら記入することで、記憶の整理や混乱したままになっているかもしれない心の整理にもなります。
記入が完成したときには、「思い出しのためのメモ」は、その方ご自身の「2011年3月から7月までの自分史」となるように仕立ててあります。
被曝線量推定のための調査ではありますが、お一人お一人の大切な人生の記録として残していただくことは、文京記入支援グループのマニュアルを使ってた記入支援の、実は大きな目的でもあります。

問診票は回収率が低く(11月時点で約4%)、県は、2012年3月(平成23年度内)までを目処に回収作業を続ける模様です(11月26日に、新聞などの取材者と共に菊池も聞いています)。
文京記入支援グループは、今後も調査対象の方々に向け、一人でも多くの方のお手伝いとお手助けができるよう、取り組んで行く考えです。
今後とも多くの方のご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

【記入支援活動はこのように続いてきました。】

1 8月25日(木) 記入会原型
○ マニュアルの前身となる聞き取り・聞き取りメモを使って、荒川区南千住にいわき市から避難している方(大人4名幼児1名)を対象に、問診票見本(福島県・県立医大のHPよりダウンロードし印刷)への記入支援・記入伴走を行いました。
この経験を踏まえ、文社協、小林研究室と協議、相談しました。

2 9月10日(土) 荒川区南千住にて記入会開始
○ 南千住にて再度、記入支援会を行いました。参加は、大人6名(うち新たに2名)、記入支援者は、東洋大学小林良二教授と文京区社会福祉協議会浦田愛さん、菊池です。
マニュアルはまだ叩き台ですが、すでに原型の姿になっており、これを使えば記入がスムーズに進むことが確認できました。問診票は前回と同じ見本でしたが、参加者の皆さんも、近い将来送られて来ることに対して少し安心された様子がうかがえました。

3 9月17日(土) 文京区にて記入会
○ 文京区社会福祉協議会が主催し、光源寺さんが会場を提供してくださる、文京区への東北からの避難者の方々の交流会「お茶っぺ会」の第2回が開かれました。
前回も東洋大の学生さんが参加しましたが、今回は小林教授もみえ、昼食の後、交流会の後半に記入会を行いました。参加者は大人8名、乳児1名、幼児2名の計11名です。
小林研究室の学生さん2名(小野里さん他1名)、光源寺隊の石塚理子さん、菊池が参加者の間に座り、記入伴走をしました。

4 9月最終週 マニュアル公開
○ 9月17日に行った「お茶っぺ」会での記入会の反省点や気づきを盛り込み、文京区社会福祉協議会から「県民健康管理調査基礎調査問診票 記入支援マニュアル」を公開しました。マニュアルは「文京・福島県健康調査記入支援グループ」の名前で公開し、構成団体は「谷根千・駒込・光源寺隊」「ふくしま・いわき・応援団」「東洋大学社会学部小林良二研究室」「文京区社会福祉協議会」の4つです。

⑤ 10月18日(火) マニュアルの広報
○ マニュアルの利用を提案するため、いわき市保健所・総務課総務係長 鈴木康夫氏を訪ね以下のような応答をいただきました。
「マニュアル公開窓口の文京区社協のアドレスを、いわき市のHPでリンクを張り、市の広報紙にも載せるなど、マニュアル利用を周知していきたい。パソコン環境が整わない方や、高齢者などへは、印刷したマニュアルを支所や公民館単位に印刷して一定部数ずつ置くことも考えたい。県外避難者に対しては市の広報紙の発送や他の印刷物送付なども使って情報提供をしたい」

○ いわき市議会議員も訪ねました。
「県民健康管理調査は一回性のもので、永続的な健康調査を求めて活動していく」(佐藤和良市議)、「いわき市内の各区長(行政嘱託員)、民生委員などにもマニュアルを周知するよう市に提案する。広報紙への掲載も市の広報課に要請する」(酒井光一郎市議)などの回答を得ました。

③10月19日(水)
○ いわき市中央台鹿島3区副区長で避難者を支援する「あしたげんきになあれプロジェクト」代表の赤池孝行さん・陽子さんご夫妻の案内で、高久第4仮設住宅の集会所を訪ねました。ここはいわき市の北に接する広野町の方が入居する仮設住宅で、「広野みかんクラブ」というNPO法人の方が集会場の管理や相談業務など受託しています。〈記入支援と記入会〉について説明し、開催の要望をうかがいました。記入会の開催については、「場所は提供する。チラシポスターを数枚作ってもらえれば掲示板に張り出し参加者を募集する」とのことでした。10月31日(月)に記入会開催することを決めました。

○ 事務的な話を済ませ、グランドゴルフを終えた避難者の方々十数人といっしょにコーヒーをいただいて雑談をしました。県民健康管理調査を提出した方はうち2名。調査に対しては「面倒だからどっかに捨てた」「記入返送してもその後どうなるのか疑問だからやっていない」「健康診断とかに本当につなげてもらえるのか疑問」「こんな調査の支援より東電の追求をやってほしい」などの言葉が返ってきましたが、マニュアルにより思い出しの手伝いをするというと、「参加したい」と言ってくださる方もいて、何人かは心が動いたようでした。

○ 10月はこのほか、社協は東京都、福島県などの社協に、谷根千・駒込・光源寺隊としては、各方面に対して報道や知り合い、人づてなど、マニュアルと記入支援の情報提供と利用を提案する連絡活動を行いました。

④10月31日(月)
○ 8時30分 光源寺さんの車をお借りして、3名(菊池、小野里志穂理さん=東洋大小林研究室、小松崎栄一さん=運転・撮影)で出かけました。
11時半ごろ久ノ浜に到着し、小松崎さんが4月から行っている定点撮影を行い、次いで、北いわき復興プロジェクト「結」の拠点である諏訪神社を訪ねました。「結」の活動は水曜日と土日になったため休みの状態でした。
この日の定点撮影は、11月16日にYou-Tubeで公開されています。

○ 午後は、いわき市中央台高久第四仮設住宅集所で記入会を開きました。開始前にお1人がみえたので前倒しで開始。この日は、30代男性1名、70代女性2名の計3名の方の記入伴走を行い、16時に終了、終了後は仲介の労を取ってくださった赤池さん宅で情報交換をし、休憩させていただき、帰京しました。

記入会参加者の声は以下のようでした。
・Aさん 女性:1人暮らし。チラシポスターを見て参加。
「書くのが大変そうで放っておいたが、自分の体と健康のことなので、出そうか出すまいかもんもんとしていた。告知を見て、手伝ってもらえるならと申し込んだ。記入が完成してよかった。気持ちが軽くなった」とのことでした
・Bさん 女性:当日、集会所の事務室で、管理担当の女性とおしゃべりをしていたので、「よかったら来てください」と声をかけたら、書類を捜して参加してくれました。
・Cさん 男性:集会所の管理担当者の1人。広野町の職員。休日だったが、記入会のためにやってきてくれました。
みなさん、完成すると憂鬱の種がひとつ片付いたためか、笑顔を見せてくださいました。
人数が少なかったので、どの方にも、時間内に十分な記入支援ができたと思いました。

○ 「思い出しのためのメモ」は改良版を試用しましたが、☆記入スペースが広いものが使いやすい、☆「思い出し」より「覚えていること」を土台に記憶を点から線につなぐ、☆記憶は錆びていない、☆感覚的な部分の言葉かけが記憶喚起に効果的、など、いくつか大切なポイントを学びました。

○ この日の記入支援会には、NHK福島放送局と福島民報の取材が入りました。福島民報は11月1日朝刊に記事掲載、NHKは11月2日の夕方の福島版の番組の中で放送されました。

5 11月第2週 新バージョンのマニュアル公開
○ これまでの記入支援で学んだこと、気づいたことなどを盛り込んで、マニュアルをブラッシュアップしました。新しいバージョンを公開し、再度各方面に連絡や利用提案をしています。これら、書式・文書の整理は、いつも小林先生と文社協の浦田さんが引き受けてくださっています。本来なら、光源寺隊もすべき部分までお力添えいただき、本当にありがたいことです。

○〔群馬県前橋市「ふくしまや」、兵庫県西宮市、愛媛県石手寺、などへの働きかけ〕
新聞、雑誌、テレビなどで知りえた、福島からの避難者への配慮が細かくなされている自治体や団体などに、記入支援マニュアルの情報提供を行ってきました。
記入支援マニュアルはどなたにもご利用いただけるので、調査対象である福島県民などのお知り合いや関係者がおられたら、ぜひご紹介、ご活用ください。
福島県のこの事業担当部署では、説明会などで記入支援マニュアルを紹介したり、使用したりしているとのことです。(11月22日現在、東京新聞の取材による)

6 11月16日(水) 文京区と荒川区南千住にて記入会
○ 午前中、文京区社協にて、浪江町から本郷に避難している男性の記入支援を行いました。11月5日に光源寺で行われた第3回の「お茶っぺ会」に参加された方で、お茶っぺ会では途中までしか支援できなかったので新たに記入伴走しました。
○ 午後は、南千住で3度目の記入会を開きました。十分完成している方もいましたが、これまではダウンロードした問診票の見本を使っての記入だったため、今回は「本物」が届いてみなさん少し不安に思われたようです。本番の清書の点検のためと、南相馬から町屋に避難されている新たな男性も1名加わり、大人5名に菊池が記入の点検をお手伝いしました。

○ マニュアルの新たなバージョンは、本人にも支援者にも使いやすいものになっています。お1人お1人が原発事故以降の日々をどう過ごしたか、どう避難したかという様子が整理して記入できています。問診票に転記した後、マニュアルの中の「3月11日のこと」と「思い出しのためのメモ」をホッチキスで綴じると立派に日記風の冊子――自分史になりました。
問診票は、表紙の右肩に、整理番号がついているので、提出前に全ページを控えとしてコピーして、いっしょに手元に保管するよう、記入支援の際にはお伝えしています。
○ 午後の記入会には、文京区報を見て記入支援のボランティアを申し出てくださった小石川の佐藤さんが見学にみえました。佐藤さんはいわき市の出身なので、終了後、おしゃべりがはずみました。今後の協力をお願いしました。
○ 午後の記入会には、東京新聞社会部の中山高志記者が取材にみえました。記入会の模様は、11月23日東京新聞にて記事になりました。

7 11月22日(火) フォローの大切さ
○ 16日午前中に記入支援した浪江の方から、清書に際して不明な点があるとのことで、本郷の避難先にお邪魔して完成のお手伝いをしました。ジュースとお菓子をいただき、本当に恐縮しました。16日午後には、記入支援した南相馬の方から、記入支援以外の世間話のお電話もいただきました。
福島の支援は、これから長く必要になります。改めて、顔の見える支援の大切さと必要性を感じました。

⑧ 11月25日(金)荒川区社会福祉協議会にて首都大学の方へマニュアルの説明
○ 9月の「お茶っぺ会」を見学に来ていた荒川区社会福祉協議会が、荒川でも記入支援を行いたいとの意向を示され、首都大学の先生や学生さんたちも記入支援のボランティアに手を上げておられるのもあって、かねてより小林先生に、マニュアルの説明会の依頼がありました。
しかし、首都大学の方々のご都合が変わったりしてのびのびになっていましたので、とりあえず菊池1人でも可能なことだけお伝えすることになりました。

○ 看護学科から、教員3名、看護や理学療法を学んでおられる学生さん8名が参加され、マニュアルの説明や記入支援の基本や実際について説明しました。皆さんからたくさん質問も出て、ことに支援の際に必要になる細かな配慮などをお話ししました。質問されることで、こちらも新たな気づきを得ました。

⑨ 11月26日(土) 福島市松川での県・県立医大主催の「書き方説明会」見学
○ 24日に東洋大小林先生から「共同通信者の記者から、記入支援マニュアルを使って、福島の仮設住宅で、県が説明会をする模様との情報提供があった」との連絡をいただいたので、25日にこちらから福島県に電話連絡し、26日、菊池京子が見学におじゃましました。

○ 会場は福島県松川工業団地第一応急仮設住宅集会所です。
松川駅はJR福島駅から東北本線の3駅南で、仮設住宅は駅から歩いて10分強、約100戸で、飯舘村の方々が入居しておられます。
会では最初に、県民健康管理調査の担当である県立医大の安村誠司教授が挨拶し、次に副学長の神谷研二教授が「放射線とからだ」と題して講演。その後、ボランティアの看護学科の学生さん2名と県の回収担当職員2名、安村教授も、6~7人の方の聞き取り調査に当たっておられました。
どなたの問診票も、本人記入でなく、支援者がすべて記入していました。

○ 配布していたマニュアルは、文京記入支援グループが9月に公開したものを参考に、独自に作ったということで、この日初めて配布するとのことでした。
「思い出しのためのメモ」は私たちのマニュアルの最初のバージョンのものをベースにしたことがわかり、1日分をさらに3分割して「思い出しシート」となっていました。
記憶している項目や行動を記入するスペースが窮屈になって、使い勝手がどうか、疑問がわきましたが、この記入会では、その「思い出しシート」はどなたも一切使っていませんでした。
県が用意したマニュアルの中のチャートの部分は、一時帰宅の場合の理由も記入するように、など、こちらでは気づかなかったことなどもいくつか載っていました。
屋内の場合の建物の種類の記入を強調するなど、調査元として強調している部分があるな、と思い参考になりました。

○ 文京記入支援グループからは9月から情報提供を行ってきましたが、福島県・県立医大側からは、この日の開催はもちろん、これまで何も情報提供はなかったこと、県では初めての記入説明会だったにもかかわらず、「東京での記入支援の様子はどうだったか」など、質問されることもなく、残念に思いました。
それはそれとして、「覚えていることから、点を線に、線を面にしていく」ことや「思い出しのためのメモ」(文京記入支援グループ版)に記入すると、そのメモが、3月の自分史になること」などを、記入を希望しておられる調査対象の方々のためと思い、お話ししてきました。
安村教授は「ふーん、覚えている、かぁ。自分史という視点ねぇ。次回からそれ、使わせてもらいますよ」とおっしゃっていました。
県内に対しても記入支援が難しい状況で、県外避難者に対してはなおさら厳しいのが現実とのことです。
この日の説明会の記事は、福島民友に掲載されました。

⑨11月30日現在の、県民健康管理調査と記入支援マニュアルに関する動き
〔群馬県前橋市「ふくしまや」、兵庫県西宮市、愛媛県石手寺、などのその後〕
○ 「ふくしまや」では、避難者の交流スペースに来る方々に情報提供してくださるとのことでした。
○ 西宮市では、避難者に送る情報ペーパーなどの郵便物の中で、マニュアルの検索先(=文京区社協のHPアドレス)を載せている、とのことでした。
○ 愛媛県石手寺では、19日に行われた避難者の交流会で、放射線被曝の話をした新居浜協立病院の曽根康夫医師が、マニュアルのことを避難者の皆さんにお知らせくださいました。なかなか記入支援までは手が回らないということでした。
また、ご住職の加藤俊生さんは、「支援活動が先細りになりそうで案じている」とおっしゃいました。
○ 現在は、文京区社会福祉協議会の浦田さんが、支援者のためのマニュアルを文章ならびにパワーポイントに整理してくださっています。近いうちにこちらも公開となる予定です。

【おわりに】
ご報告が遅れたために大変長文になりましたが、以上が、これまでの県民健康管理調査記入支援に関しての活動状況のあらましです。
県民健康管理調査にはさまざまな立場からいろいろな考えがあることは承知していますが、谷根千・駒込・光源寺隊は、また文京・福島県健康調査記入支援グループは、今後とも引き続き記入支援の活動を行っていく所存です。
これまでの多くの方々のご協力に感謝しますとともに、引き続きご支援をよろしくお願いいたします。
記入支援希望の方がおられるなどの情報やお声があれば、ぜひ、文京区社会福祉協議会か谷根千震災字報のコメント欄まで、お知らせください。
                    (2011年12月1日  菊池京子)

コメントを残す