駒込谷根千光源寺隊 第10便 いわき応援隊「花火の前夜」 / 菊池京子

8月23日谷根千・駒込・光源寺隊第10便は、光源寺さんの車で小松崎栄一さんの運転、同乗菊池京子で行ってまいりました。出発は7時半。この日の目的は、

  • 27日(土)に久ノ浜で催される奉奠(ほうてん)花火大会の準備の模様と情報収集
  • 6月30日に閉鎖になった四倉避難所から仮設住宅やご自宅に戻られた方々のうち「ふくしま・いわき・応援団」の「つながるハガキ」で現住所をお知らせくださった方々が、その後どうされているか、お訪ねしてこよう

の2点です。以下、この日の活動をご報告します。

1. 久ノ浜漁港(10時10分)
最初に、久ノ浜漁港の様子を見に直行しました。 
漁港入り口付近では、20人ぐらいのボランティアらしき団体が、瓦礫やごみの片付けをしていました。漁港の奥まで行くと、さらに奥まった場所に、こんもり盛り上がった小山があり、ブルーシートがかけられていました。これは汚染瓦礫やごみなどの仮置きだそうです。
張られた日よけの下では、漁師のおじさん8~9人が休んでいて、少しおしゃべりをさせてもらいました。中の一人はウニやアワビを潜って獲る採鮑組合の組合長さんで、「今、海の中ではウニもアワビも激減でウニは3割、アワビは半分。でも、獲れたウニはたっぷり(卵が)入っている。毎日、海に出ては浮いている瓦礫などの撤去をしている」とのことでした。漁師さんたちは漁に出られず、昨日も検査のための魚を水揚げしたが、原発のせいでいつ漁が再開できるかまったく見通しがないと、力なく笑っておられました。

2. 久ノ浜市街と諏訪神社
久ノ浜の町は光源寺隊の第8便(6月30日)、第9便(8月3日)の時よりかなり片付いて、がらんとして周囲が見渡せます。あちこちで動いている重機は、大小含めて10機を超すほどで、さらに片づけが加速していることがうかがえます。
今や久ノ浜復興活動の中心を担っている「北いわき復興プロジェクト=結」の拠点、諏訪神社を訪ねると、本柳さん(四倉から久ノ浜に移って支援を続けている)や「結」の中心である諏訪神社の宮司さん・高木優美さんが、テレビ(東北放送)や新聞の取材を受けています。この日はTBS、東北放送、毎日新聞が入っていました。
光源寺隊は、花火大会に向けてと大会当日の、久ノ浜の様子や「結」の活動を記録するよう依頼されました。当日は光源寺隊第11便も「結」のビブスを着用し「記録」の腕章を着けます。
菊池・小松崎組が着いた時間、「結」のコアメンバー約10人は休憩で神社に戻っていて、道具の修理、手入れの真っ最中。一方、私たちとほぼ同時間に東京からバスで到着したボランティア団体があり、道具修理が終わった「結」の中の何人かが、ボランティアをリードして小久川橋のたもとの草取りに当たるための段取りを始めました。

社務所には花火大会のチラシやポスターが刷り上っていましたが、チラシを配る手が足りないというのでチラシ配りを引き受けました。
久ノ浜からの避難者が多い仮設住宅、中央台(いわきニュータウン)と内郷の雇用促進住宅に配布してほしいとのことでしたが、中央台には午後、仮設の避難者を同じ住民として迎えようという活動をしている副区長の赤池さん宅があります。光源寺隊もかねてからお世話になっているので、帰路立ち寄ることにして預かりました。
もうひとつの雇用促進住宅への配布は、先ほど漁港で話したおじさんの一人が「俺は今、雇用促進住宅にいて、久ノ浜に通っているんだ」と聞いたのを思い出し、車にチラシを積んで漁港へUターン。
おじさんに事情を話してチラシを渡すと、周囲の方々が「俺もほしい」「私もほしい」と言うので、「みんなを誘って来てくださいね」と、港や漁協の建物の周辺におられる方々に手渡して回りました。
「知ってはいたけど、詳しくは知らなかったかんなぁ」「みんなで見に来っか!」「おお、いいなぁ」などなど、昼休みが少しにぎやかになりました。
この中に、中央台ニュータウンの仮設入居者もいました。
彼女は、四倉高校避難所にいたY・Iさんの友人だと分かりびっくり。Y・Iさんとは、避難所閉鎖後も、光源寺隊は連絡を取り続けることができていて、そこからの情報は継続的な支援に大きな力となっています。
「Yから光源寺さんのことはいつも聞いていました。赤池さんにも大変お世話になっています」と、出会えたことをとても喜んでくださいました。
午後は中央台に戻って赤池さんと行動するというので、チラシを託しました。

この後、菊池・小松崎組は草取りの現場へ。「結」の人たちが電動草刈りで草を刈り、ボランティアさんたちも手に手に鎌を持って草刈りし、釜を持たない方々が、刈り取られた草を大きな「tバッグ」(1t入りだから「トンバッグ」と呼んでいるそうです)に詰めていました。一人、軽い熱中症らしき人が出たので、諏訪神社までお連れしました。
この日の久ノ浜は曇りで気温は27~28度でしたが、湿度が高いとやはり熱中症になりやすいというのを目の当たりにしました。
その後、小松崎さんはこれまでの継続となる定点の撮影に、菊池は久ノ浜支所や公民館で、情報の確認や、被災前の久ノ浜の写真などを探しました。諏訪神社に戻ると結やイベントスタッフさんたちが、当日の音楽やステージ進行などのミーティングを始めていたので、その様子も撮影させていただき、久ノ浜を辞去しました。

3. 四倉に向かう(14時)
四倉の「道の駅」から少し南の、新舞子という松林沿いの海浜ラインが始まる道には入ってすぐの所の、屋台でラーメンとソースカツ丼のお店を再開している松喜食堂さんを訪ねました。
主のご夫妻は、四倉高校避難所におられた方。明るい笑顔で迎えてくださいました。
震災以前から、昼はこの先の自宅兼本店で、夜はこの屋台で営業していたそうで、本店兼自宅は津波で流されましたが、屋台はご主人がこつこつ手を入れて修理し、4月末から営業再開して頑張っているそうです。
名物のソースカツ丼はすごいボリュームで、肉がやわらかく、濃いソース味。おいしい「ガッツり飯」を、先客のガテン系の若い男性3人組が黙々と平らげていました。

4. A・Nさん宅へ
避難所だった四倉高校のグラウンドのすぐそばのA・Nさん宅に向かいました。
避難所や四倉再興祭で世話人をしていたNさん。お母さん(?)とおばあさんと、ミニダックスフントでお出迎えいただきました。小松崎さんが、再開できたことをとても喜ぶと、Nさんは前回会ったときのように、「光源寺さんには本当にお世話になって、本当にありがとうございます」と、何度も頭を下げて恐縮されました。

5. K・Nさん宅へ
四倉駅に近い新しいコーポの1室が新居。現在は高齢のご両親のうちお母様は施設に入所、お父様はこの日ショートステイでお留守で、奥さんと二人で迎えてくださいました。「つながるハガキ」をとても大切に思っていただけて、「気に掛けてもらえることがうれしい」と。その言葉がこれからも私たちの励みになります。たくさんたくさんおしゃべりしました。

6. 平のY・Iさん宅へ
Y・Iさんは、久ノ浜→四倉避難所→平市街地の借り上げ仮設のコーポへ移られました。今は慣れない町の1DKで、男のお子さん2人との3人暮らしです。私的にもいろいろなことが起こる中にも、連絡など取らせていただいて、光源寺隊はこれまで彼女にとてもお世話になっています。部屋には、子どもたちの写真がたくさん飾ってあり、子煩悩なママさん。久ノ浜育ちのお子さんたちが、美味しい魚が食べたいと言うそうです。
花火大会当日は、連絡を取り合っている方々を誘っていて「みんなが、何にもなくなっちゃったけど、私のうちの跡で花火が見たいと言っている」そうです。

7. Y・Nさん
あちこち回ってお訪ねするのが遅くなったのに、「待っていましたよ~」と喜んでくださいました。住宅街の中のコーポのワンルーム。家電セットがまだ届かないそうで、「ご不自由でしょう」と聞くと、あまり意に介していないようでした。来年には仕事も決まっているそうで、喜んでおられました。積んで行った日用品の中から、急須と揃いの湯飲みをもらっていただきました。私たちの訪問が嬉しそうで、楽しくおしゃべりしました。落ち着いたら東京に遊びに行きたいとおっしゃるので、光源寺に来てくださいとお誘いしました。

8. 赤池さん宅へ
Y・Iさん宅を辞する17時近く、「お疲れでしょうから、うちに寄って休憩してから帰路についてはどうですか」とのお電話がありました。
お言葉に甘えて18時半ごろおじゃますると、鯖寿司(赤池さんご自慢のお手製)はじめ、美味しそうな煮物や炒め物など、「ほっとする自宅ご飯」のメニューが。ありがたくご馳走になりながら、

  • 岐阜の野菜を提供してくださったボランティアの方の話
  • 14日に開いたお盆+花火大会のイベントの話
  • 14日をきっかけに広野町からの避難の方々が自主的に声を上げて実現した「広野町の盆踊り」

などなど、いたく感激して話してくださいました。
名残惜しくも20時寸前に辞去。栄養ドリンクと缶コーヒーとペットボトルのお茶までいただき、至れり尽くせりの心温まるおもてなしに、しばし疲れも忘れました。
「お顔を知らない初めての方でも、光源寺さんのボランティア活動の方がいわきにみえたら、いつでも休憩所として寄ってください」とご夫婦からありがたいお言葉をいただきました。

 22時半光源寺帰着。以上、8月23日光源寺隊第10便、いわきでの全行動です。
小松崎さんのe-komatuszakiで、この日の模様をご覧いただけます。

(報告者=菊池京子 e-komatuszakiの動画は、撮影、音楽、構成ともに小松崎栄一さんです。)

2 thoughts on “駒込谷根千光源寺隊 第10便 いわき応援隊「花火の前夜」 / 菊池京子

  1. 菊池様
    こんちわ。
    先日はわざわざ御越しいただいたのに、会えず大変申し訳ありません、私の広野での仕事のほうも本格的になり、
    中々抜け出せず申し訳ありませんでした。今度時間のつく時があればお会いいたしたいと思ってます。
    四倉も見てのとおり漁港はじめまだまだ再生の道は程遠い状況です、でも一歩ずつ歩き始めています。
    これも数々の御支援の賜物と皆感謝いたしております。本当にありがとうございました。石川好見。

  2. 石川さま、いつも見ていただいて、コメントいただいて、本当にありがとうございました。
    お返事遅くなり、すみませんでした。
    お仕事、大変でしょうか? 
    火力・・・かなぁ、などと、勝手に想像していますが、違ったらごめんなさい。
    ともかく、お仕事、どうかお体にお気をつけ、お励みください。
    お目にかかれなかったのは残念でしたが、それ以上に、
    「残念ですが、仕事で時間が作れません」とお電話いただけ、
    お声が聞けたことが、なによりもうれしくおもいました。
    私どもで応援できることがあれば、いつでもどうか、
    メールなりおはがきなり、お電話なり、くださいませ。

    秋に入りました。海からの風はもう寒い日がありますね。
    お二人ともご自愛ください。奥様にもよろしく。
    いつかまたお目にかかれる日を待っています。
    ありがとうございました。
    菊池京子

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